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第21話 推理開陳

Author: いろは杏
last update Last Updated: 2025-12-16 19:00:00

 決定的証拠になり得るタバコの吸い殻を手に、ラストホープの三人は埃っぽい隠し通路を後にし、再び一階の食堂へと向かった。疲労の色は濃い。

 それでも、真相へ手が届いたという確信と、最後の局面へ踏み込む緊張が、三人の足取りを確かに前へ押し出していた。

 食堂には、管理人の黒田と、他の滞在者――鷹宮、綾小路、久我――が集められていた。重苦しい沈黙の中、三人を迎えた視線はそれぞれ異なる。

 綾小路は怯えを隠しきれず、久我は沈痛さの奥に警戒を滲ませ、鷹宮は表情を整えたまま、こちらの出方を測るように静かに見据えている。

「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」

 青野が場の中心に進み出て、落ち着いた声で切り出した。取り乱しのない口調は、ここまで積み上げてきた推理に自信がある証でもあった。

「皆さんにお集まりいただいたのは他でもありません。財前様殺害事件を引き起こした犯人がわかりましたので、我々の見解を説明させていただきます」

 その一言で、食堂の空気が張りつめる。誰もが息を潜め、青野の次の言葉を待った。

「まず、事件現場となった書斎の状況です。ドアには鍵と閂、窓にも内側から鍵がかかっており、一見すると完全な密室でした。しかし――」

 青野は、あたかも暖炉の向こうを示すように片手を動かした。

「我々の調査の結果、書斎には設計図にも記されていない『隠し通路』が存在することが判明しました。暖炉の奥が回転扉になっており、隣接する使われていない和室へと繋がっていたのです」

「隠し通路だと!?」

「そんなものが、この館に……?」

 綾小路と久我が声を上げる。驚きは純度の違いこそあれ本物だった。鷹宮だけが目元をわずかに細め、反応を最小限に抑えたまま聞き役に徹している。

「犯人は財前様を殺害後、この隠し通路を利用して書斎から脱出し、密室を偽装したのです。そして、その通路の存在を隠蔽するために、我々にある工作を行いました」

 青野の視線が、まっすぐ鷹宮へ向く。

「我々が館の設計図の提供をお願いし
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